俺はこの一発に勝負を懸ける。


誘発


 レオンハルトが洗い物をしてくれている間、ヤトはソファに座り薄手の書籍を眺めていた。
 ヤトは本を読まない。字は汚いながらも書けるしもちろん読むこともできる。ただ、文字がずらりと並んだ紙を見ても何が楽しいのかわからない。よってその集合体は当然面白くないはずで、その最たるものが本である。そんな風に思い込んでいたヤトは、レオンハルトの部屋で暮らすようになって考えを改めた。
 酒を片手にページを捲る。湯気を立たせた肉、冷やして薄く切られた肉、丸められた肉。今満たされたばかりのヤトの腹から「次どれいきますか?」との声が聞こえるようだ。
 鮮やかな写真の隣には、これはこう作りますよ、との文章がつらつらと書かれている。ヤトはその文章を読まない。まず単語の意味がわからない。アクとはなんぞ、ダシとは一体と、疑問符ばかりが頭を占め内容を掴むのに手間取ってしまうからである。
 そんなヤトは最近、文字で知るよりもずっと良い方法を見つけた。咀嚼の合間にレオンハルトへ「これはどう作るんですか?」と尋ねるのだ。するとレオンハルトは待ってましたとばかりに身を乗り出して、ヤトにもわかりやすいよう丁寧に説明を始めてくれるのである。レオンハルトの優しい声を聞きながら相槌を打ち、得意気な彼の顔を眺め、空になった皿を渡しおかわりをお願いする。近頃のお気に入りのやりとりだ。
 この部屋には料理以外の本も置かれている。棚の上で菓子と仲良く並んでいる上質な本を見て、ヤトは明日は別の本を読んでみようと決めた。内容がわからなければレオンハルトに聞けばよいのだ。料理と同じように答えてくれるだろう。
 端々にレオンハルトの書き込みがある本を手にヤトは待つ。キッチンから聞こえていた音が洗面所へ移動した。習い性なのだろうか、レオンハルトは足音をあまり立てない。代わりに小さく歌を口遊む。ざぶざぶと続いていた水音と歌声はやがて止まった。本日のレオンハルトのお仕事は恙無く終わったようである。
 ヤトは残っていた酒を全て煽り、傷めないよう注意してそっと本を閉じる。
「お疲れ様でした」
「おう。たぶんあれで真っ白になるだろ」
 満足そうに肩を回したレオンハルトが、つとヤトの手元に視線を移し笑みを深める。
「ヤト、次食べたいモン決まったか?」
「はい」
 二人掛けのソファの中央に陣取ったままヤトは手を伸ばす。レオンハルトが「どれよ」と言いながら出した手の上を、魔力に覆われた本とグラスが素通りし、所定の位置へと戻っていく。
「いただきます」

 レオンハルトの体は柔らかい。
「ん、ふ」
 啄むキスの合間にヤトはレオンハルトの肩を擦った。丸く肉の盛り上がったそこはヤトの手に収まりが良い。ボーダーのシャツの上からやわやわ揉み、自分にはないまろみを楽しむ。
「もう少し大きいソファを買うのかと思ってました」
 レオンハルトの唇をぺろりと舐めてヤトは言った。レオンハルトがむ、と口を引き噤む。
「言ったろ? あんまりでっけェのは嫌だ、ってよ。それに」
 オメェの金だったし、と、レオンハルトはヤトの上唇に吸い付き言う。ヤトは口を開きレオンハルトの顎を甘く噛む。ヤトの唇から離れたレオンハルトが少し困ったような声を出す。「好みじゃなかったか?」
「結局一緒に選べなかったから、よ。嫌だったらごめん」
「まさか」ヤトは笑って否定する。
「寧ろ凄く俺好みですよ。あなたが隣に座っていてもすぐ手が届くから」
 レオンハルトが顔を赤らめる。
「……うん、オレもそう思った」
 きゅっと抱き着かれたヤトはレオンハルトの胸の中でくらくらとした。レオンハルトのかわいらしさはヤトの予想の真上を突っ切っている。この姿を知るのが自分だけだという幸せをヤトは噛み締めた。
 幸せと共に服の上から胸も噛んだ。ん、とレオンハルトは呻き、ヤトの頭を抱き締める。柔らかい布地の下の柔らかさを口いっぱいに堪能しつつ、手をレオンハルトの背で交差させる。隆起した筋肉の真ん中を通る骨をつうと辿る。
「ひゃ、あ!」
「気持ちいー?」
「くす、くすぐってェ! ヤトやめ、っははは、は……あ? や」
「擽ったいところって、セーカンタイになるらしいですよ? もうわかってるかもしれねーですけど」
 ヤトは笑い、右手の人差し指と中指で隆椎を挟む。ゆっくりと細かく上下に往復させながら、左手の指先で背骨をなぞる。レオンハルトの笑い声はとうに短い呼吸の連続へと変わっている。
「レオは凄く感度がいいですね」
「かん、あ、感度って、ばか」
「ね、レオ、気持ちいー?」
 ひくひくと跳ねる胸に頬ずりしながらヤトは尋ねる。レオンハルトは顎を引き濡れた声で答える。
「うん、きもちいい」
 ヤトは腿の上の非常に素直で可愛らしくて感度が良くて可愛らしくてとにかく可愛らしいレオンハルトを抱き上げ歩き出した。向かう先は夜の戦場である。

 濃厚なキスを重ねて、ぬるぬるになった口でレオンハルトの頤を這う。つと仰け反るレオンハルトに枕が潰され日向の香りがした。
「布団干してくれたんですか?」
 ヤトの言葉にレオンハルトは頷く。「だって……色々付いてたし、それに」ヤトの肩を掴んでいたレオンハルトの手が、戸惑いながらも迷いなくヤトの胸元へ回る。
「次って、言ったろ」
「あーもー」
 あなた本当に経験ないのか、とヤトは叫びたかったけれど、レオンハルトを疑う言葉はもう口にしたくないので飲み込んだ。彼がまだだと言うならまだなのだ。
 うぶな癖に積極的で、照れながらもはっきりと答える可愛い人。
(明日読む本は分厚い辞書にしよう)
「かわいいなあなた」
(この大好きな人に伝える言葉をもっと勉強しねーと)
 レオンハルトの手はどう動いてよいのかわからない様子で止まっていた。ヤトはレオンハルトと同じように彼の胸に手を置き、服の上から肉を探った。ややあってレオンハルトがヤトの動きに倣って手を動かす。中央から肩口、脇へと動かし、腕と繋がる肉を揉む。掌が乳頭を掠めた。ヤトはそれ以上触れないぎりぎりの場所で手を止めて肉を揉み続ける。
「あ」
 思わずヤトは声を上げた。レオンハルトがヤトのそれを摘んでいた。指で擦り合わされて再度小さく声を上げる。上目遣いでレオンハルトを睨み付けると、へへと悪戯っぽく彼が笑う。
「お返しだバカ」
「やってくれるじゃねーですかこのやろー」
 がつがつと唇を貪ってシャツを脱がし脱がされた。胸を重ね、肘をついてまたキスをする。
(俺こんなにキス好きだったんだ)
 ぬめる舌を吸い上げ陶然となる。
「レオはキスが好き?」
「うん、好き」
「俺も好きです。大好き、レオ」
 レオンハルトが返す動きは少しずつヤトとずれていく。段々と巧みになっていくレオンハルトに愛おしさと一抹の悔しさを感じ、ヤトは深く唇を重ねた。
「もう暫くはリードさせて」
 潤んだ目でレオンハルトが頷いた。ヤトは喉を伝い肩に舌を這わせ腕へと顔を寄せる。逞しい二の腕を噛み、肘の内側を舐めて啜る。
「あ、ぅあ」
 なんで、と言いながら身をくねらせるレオンハルトに何がですかと訊ねる。手首を食み、親指を含む。
「んで、そんなとこ、きもち、いの」
「ごめん、それは俺もわかんねー」
 レオンハルトは忙しない吐息で気持ちいいと訴え続けている。その様子を満足げに眺めたヤトは意を決し、レオンハルトの指を一層深く口に含んだ。ヤトよりもごつごつした指が頬を内側から抉る。咥えて引いてを繰り返しながらヤトは眉間から力を抜いた。
(よかった。「これ」は「まだ」、「大丈夫」だ)
 喘いでいたレオンハルトもヤトの手を取った。
 レオンハルトの口元に指が当たった瞬間、情けないけれど、ヤトは体が強張っていくのを悟った。
「嫌か?」レオンハルトが穏やかに言う。「いえ」ヤトは硬い声で返す。レオンハルトは篤い声で言う。「そっか。オレ、オメェの手好きだ」レオンハルトはヤトの指先を啄んでいる。
「だから噛んだりしねェよ……ダメ?」
 はにかみながらそう言われ否と答える男がどこにいよう。ここに居かけた。けれど心中で蹴り飛ばした。深く息をしたヤトは指をレオンハルトの唇に押し当てた。いつぞやレオンハルトが酔っ払ったときのように、内と外の境目をゆるゆるとなぞる。そろりとレオンハルトが舌を伸ばす。指が粘膜に触れる。第一関節からその次の節へ、さらに奥へと指が消えていく。
 ヤトは目を開けていられなかった。意識は手首に添えられたレオンハルトの掌の温かさを追った。
 ちゅる、と、レオンハルトが指を離す。ヤトの動きを逆さになぞり、手首、前腕、肘へと口を運ぶ。ヤトは喉を食まれ顎を吸われて口を覆われる。
「下手で悪ィ」
 レオンハルトの言葉にはキスで返した。ヤトが知り得るだけのありったけの愛を込めた。

 二人で腿を探り合った。レオンハルトは腰の骨がとりわけ感じるようだった。二人とも、布の上からだけでは物足りなくなった。
「レオ、脱がせていい?」
「え、う」
 うーうーと呻っているレオンハルトをヤトは待った。彼は消え入るような声で「うん」と答えてくれた。ヤトは体を起こし、レオンハルトの脚の間に腰を下ろした。
 片足を抱え、膝を臀部の下へ滑り込ませた。あっと小さく声を上げたレオンハルトが股間を押さえる。
「も、なんでオレばっか」
「何がです?」
「なに、って」
 レオンハルトの腕の隙間から両手を差し入れ、緩く結ばれた紐を解き、二枚の布と腹の境界に指を入れる。
「あ」
 そのままゆるりと腕を広げ、むっちりとした腰で止め、迷いなく布を下げる。ひゅっ、とレオンハルトの喉が鳴った。ヤトの腿に肉の温かさが広がる。
「あ、も、まじでなんでもう」
 膝上で止めたスウェットのパンツとトランクスから一筋、肉に向かって糸が伸びてぷちりと切れた。「なんでオレばっかり」
「レオ」
 レオンハルトの声に涙が混じり始めた。ヤトはどうしようか少し悩み、腰を浮かせて自身のパンツと下着を下ろした。できることなら寸前までしまっておきたかったのだけれど、むずかるレオンハルトが言いたいのはきっとこういうことなのだろう。
「レオ、大丈夫ですよ。俺も一緒だから」
 一緒どころかそれ以上なのだけれど、そこは少々見栄を張る。腿の内側の柔らかいところへ押し付けて揺らす。ぐずっていたレオンハルトの声が途絶え、ややあって喉が鳴るのが聞こえた。
「──ぅえっ!? うぉ、うわ、で」
 けェ。
 レオンハルトが涙を飛ばして目を見開く。半開きの口でまじまじと眺められるとさすがのヤトも少々恥ずかしい。
「レオとそんなに変わんねーですって」
「いや明らか違ェだろ! あンときは下着で隠れてたからよくわかんなかったけどよォ……オメェ成長する比率色々間違ってんぞ」
「そんなん俺に言われてもしらねーですよ」
 やいのやいのと言い合って、じゃれ合いながら布を全部取り払って体を重ねる。キスをしながら擦り付ける。
「あ、ふ、やっ、あ」
「あー、これやべー」
 物凄く気持ちいい。互いの腹で潰されたくびれがにちにちと音を立てる。正直これだけでイける。しかしそれはまずい。
「あ……ん」
 離れたヤトを物足りなげなレオンハルトが見つめる。その目はまずい。実にまずい。
 視線を避けたヤトは体を下へ滑らせた。
「あ! やあ! ヤト、やァ」
「どっちの方が気持ちいー? 右? 左?」
 前歯で優しく左の尖りをかりりと削る。次いで右をちゅうと吸う。悶えるレオンハルトが途切れ途切れに呟く。
「こっち?」
「あ、うぁ」
 左がお好みらしい。ちゃんと答えてくれるのが可愛くて堪らない。乳輪から先端まで余すところなく愛撫しつつ、じわじわと手を中心へ持っていく。
 肉の先を掌で擦ると大きな嬌声が上がった。ぬるりとした手で柔らかく握り込み、軽く上下に揺すりつつ親指で鈴口を緩く弄る。
「ああああ、や、も、おれ」
 ぷくりと新しい粘液が吐き出された。レオンハルトの息遣いが荒い。小指に当たる袋は迫り上り腿が細かく震えている。
「イきそー?」
 がくがくと首を縦に振るレオンハルトが胸元のヤトを抱き締めようとした。
 大変申し訳なく心苦しく身の引き裂かれる思いではあったものの、ヤトはレオンハルトの抱擁を拒否し、身を伸ばして顔に顔を寄せ囁いた。
「イくとこ見せて」
「やぁ、もぉ、いッ──く」
 くちくちと強めに擦り上げると果てはすぐだった。ヤトの肩に顔を埋めるように大きく体を震わせて、レオンハルトは手の中に精を吐き出した。蕩けた口と唾液でべとべとの顎にキスを繰り返しつつヤトは次を目指した。レオンハルトの力が抜けている内に触れてしまいたい。
 ヤトはレオンハルトの体を傾けた。上下に揺れる背中を目で愛でて、二つの丘の奥を目指す。彼の精液を指先まで延ばし、背骨の終わりから指を滑らせて、
「ヤだ!」
「はい」
 ぴたりと止めた。嫌だと言われたら無体はしないと決めている。
「怖い?」
 乾いている方の手でレオンハルトの髪を梳く。汗でしっとりとした金糸が指に絡む。
「怖い……のもあるケド、あの、キタナいってか、その」
「わかりました」
 ヤトは素直に頷いた。次の目標が決まった。
「その不安がなくなったら触ってもいいですか?」
「……うん」
 レオンハルトも素直に頷いた。
(本当に可愛い人だな)
 ヤトはたくさんキスをした。怖がらせてごめんなさいと謝るとばかと返された。
「次回、頑張りますね」

 枕元のティッシュで手を拭い、水を飲もうと腰を浮かせる。
「え、わ」
 太い腕に腰を取られ、ヤトの視界がぐるっと回った。レオンハルトがヤトを後ろから抱きかかえている。
「え、ちょ、レオ」
「黙ってろバカ」
「う、わ」
 膝の上に乗せられたヤトは、半分以上の硬度を保っていたそれを握られた。
「……マジででけェ。これで完勃ちじゃねェとかなんなの」
「レオ、俺はいいから」
 兎角レオンハルトはヤトの予想の上をいくらしい。何度か擦られたヤトはたちまち硬さを取り戻した。背中をレオンハルトの舌が這う。
「ちょ、っく」
 肉厚でいかにも無骨に見える彼の手は、ヤトの手よりもずっと柔らかく繊細に動いた。
「ああ、もう」
 唇を噛み前のめりで喘いだ。
(やっ、べー。これは、もたない)
 肩を甘く噛み、耳を舐めたレオンハルトが低く言う。
「オメェが良くてもオレがよくねェ。触りてェの触らせろ……イけ」
「はっ、い」
 ヤトはレオンハルトへの認識を改めた。
(夜も可愛いだけじゃねーじゃねーか。畜生。惚れる)
「あ、っ」



「で、【淵】はどうだったよ。休日に駆り出されたってコトはそれなりに多かったんだろ?」
 ヤトが本日二回目の夕食を摂る横でレオンハルトは茶を啜った。口の中のものを飲み込みヤトが答える。
「そうだ。聞こうと思ってたんでした。レオ、あれってこの時期にも繁殖するんですか?」
「あ? しねェよ。まだ春先だろ? 成体にもなれてねェはずだ」
「ですよね。実は」
 ヤトは見たものをレオンハルトに伝えた。レオンハルトの顔が軍人のそれへと変わる。
「司令には」
「もちろん」
「リヒトには」
「司令から」
 レオンハルトは暫く考え込んだ後、気をつけろよ、と言った。
「なんとなくよくねェ感じがする」
 言い終えて片付けに立ったレオンハルトの後ろ姿をヤトは真剣な目で追った。
(いいなああいつら。俺ももう一回してー)
 明日のレオンハルトは夜勤だった。ヤトは嫌じゃなければと前置きして、朝まで一緒に寝ませんかとお伺いをたてた。レオンハルトは少し驚いていたけれど、しゃあねェなあと笑って了承してくれた。
 ヤトは腕の中で眠るレオンハルトを眺め、仕事が忙しくならないことを祈った。
「おやすみなさい、レオ」
 恐らくそうはならないと感じていたけれど、祈るだけならタダなのだ。