俺はこの一発に勝負を懸ける。


開発(後ろ)


 ヤトはレオンハルトを腹に乗せたままベッドの上を探った。数度腕を滑らせると爪の先が紙袋に当たった。引き寄せようと試みた手が空を切った。腹の横の肉を撫でていた手に持っていかれてしまったらしい。
 そっと覗き込み、ちょっと眉を寄せてからレオンハルトは紙袋をひっくり返した。ヤトは全て片手で受け止めてひとつずつ胸の上へ置いた。地味な黒い箱に気付いたらしいレオンハルトがまたちょっと眉を寄せた。
「オメェ、まさかとは思ったけどよォ……ホントにか。法に触れてねェ──」
 ワケねェよな、と、レオンハルトが肩を落とす。むっちりとした腿を撫でながらヤトは笑顔で答える。
「有益な情報ありがとうございました」
「昔より魔動製品の管理って厳しくなってンだぞ? 明日の朝イチ出頭命令が下されるようなヘマしてねえよな?」
「ちゃんと案内されて入りましたし、監視も止めてもらいましたし大丈夫ですよ」
「案内──ああ、ギフトか。アイツ純粋そうだからよぉ、あんまそういうコトに巻き込むなよぉ。あとその……変なコト、言ってねェだろうな?」
 ヤトは頬を染めた彼に向かって大きく頷いた。
「はい。言ってねーです」
 安心安全なセックスはこれっぽっちも変じゃない。
 そっか、と呟いたレオンハルトがキスをくれた。それから体中を絡め合わせ、汗だくになるまで触れ合った。互いの体で唾液が付いていないのは極僅かな部分だけで、それもみるみる少なくなっていった。
「あ、や、そんなと、こまでぁ、あ」
 ヤトが音を立てて足の指を舐る。指の間に舌を這わせると、レオンハルトは攣りそうなくらいぴんと甲を反り返らせた。ヤトは踝を指先で擽りつつ彼の右足を肩に乗せた。自身の体勢に気付いたレオンハルトが腰を揺らし逃れようとした。が、時すでになんとやらである。
「もうおせーですよ。あー、すげー眺め」
「やッだ、あ、もう」
 ヤトは膝裏を口で追いつつ目は脚の付け根から動かさなかった。ちろりと舐めるとぴくりと揺れた。先端がてらてらと滑り光っている。
「ヤトぉ、明かり、けして」
「ダメですよ。知ってるでしょ? ちゃんと色を合わせないと効果が無いって」
「でも、だって、あああ」
 腿の内側に赤く印を付け、徐々に中央へと顔を寄せていく。
「触ってないのにヌルヌルですね」
 ヤトの言葉が聞こえたようにレオンハルトの鈴口から粘液が溢れた。雁首を超えた透明な雫は金色の繁みに落ちてもまだ止まらない。もう張り始めている袋を濡らしたそれを、ヤトが指で広げて延ばす。
「あっは、ぁあ」
「やらしーね、レオ」
 ぬちぬちと玉を指で弄びそっと舌で舐め上げた。レオンハルトの嬌声が一際膨らんだ。
(これならまだ、大丈夫)
 安心したヤトは片手で潤滑剤のキャップを外した。掌に多めに出し、握って温め、舌の上で揺れている袋へと塗り込めた。
(問題は次だけど)
「え? あぁあああ! なに、それ、すご」
「ローションですよ。トロトロで気持ちいーでしょ?」
 うんと答えてくれたレオンハルトには申し訳ないけれど、実のところヤトはこれが嫌いだ。これ、というか、ドロッとした液状のもの全般が大嫌いだ。
(できれば使いたくねーけど、乾いたままじゃ絶対いてーだろうし、気持ちよくねーだろうし……できるところまで頑張ってみましょうか)
 意を決したヤトは再び舌で玉を舐り始めた。口に丸々含み、皮だけ挟んで伸ばしじゅるじゅると啜った。無味無臭の粘液ならば飲み込めるかと喉に力を入れてみた。
(──あ、無理。吐く)
 瞬時にこみ上げた嘔吐感に負けた。諦めて舌で液体を追い出した。唾液と粘液と潤滑剤の混合物は、レオンハルトの尻を伝いシーツへ染みを作っていった。
「レオごめん。また洗濯物増やしちゃいました」
「あっあっ」
 レオンハルトはまともに返事ができないようだった。こんな下手な前戯でも彼は感じてくれるらしい。申し訳なさと愛おしさとで胸がいっぱいになり、下半身の体積も同じくらいいっぱいになった。
「で、これからもっとドロドロにするけど、許してね」
 ヤトは黒い箱からひとつ取り出しフィルムを剥がした。舌を動かすのを止め、練習したときよりもずっと集中して魔力を注いだ。光に当てて見比べて、箱と同じ色になったことを入念に確認した。それから潤滑剤を付け、ようやくレオンハルトの後孔へ指を添えた。
「レオ。難しいかもしれねーけど、力抜いて」
「ひ、ああああ」
 指で表面を擦った。ぬめる孔はひくついてヤトの指に吸い付くけれど、触れる感触は固く強張っている。
「レオ、辛い?」
 レオンハルトは必死に首を横に振っている。「辛、くねェ、けど」
「じゃあ怖い?」
 レオンハルトは一層首を振る。「怖いんでも、なくて、え」
「きもち、よすぎて、ちからぬけねェ。どうしたら、いい?」
 どうしたらいいと繰り返し、レオンハルトがヤトの腕に縋りつく。
「その……答えは、予想してませんでした。ホントにもう」
 かわいい。かわいい。全部食べたい。緩む頬を引き締めつつ、汚れない場所に座薬を置き、手に潤滑剤をたっぷりと出し掌を擦り合わせる。
「一回イきましょうか」
 返事を待たずに触れた。レオンハルトは明らかに違うと言っていたけれど、本当にさしたる違いはないなと握って思った。脈打つ肉は腹に付きそうな程反り返り、はっきりとした括れを主張し、涎を垂らして動かされるのを待っていた。ヤトが緩く包み込んだままでいると、膝を立てていたレオンハルトの腰が前後に揺れ始めた。経験がなくても迷いのない腰の動きはどうやって学んだのだろう。
「ヤト、やと」
 目を閉じたレオンハルトが蕩けた声でヤトを呼んだ。恍惚とした色を纏い、レオンハルトの片腕が宙を彷徨う。彼の手がヤトの顔を捉えた。髪に触れられ頬に寄せられ、指を唇に乗せられて爪で歯を押された。
「やと。イや?」
 ヤトは答えず指を舐めた。中指が舌を辿り口腔に消えていったところまで見て目を閉じた。指は舌下に潜り込んだ。口角をもう一本の指が突いている。同じように粘膜に包まれるのを待ち構えているようだった。ヤトはもう少し口を開いた。狭い隙間から遠慮なく指を差し入れられた。二本の指が舌を挟み緩やかな抽送を始めた。
「ん、ん」
 指の抽送に合わせてレオンハルトの腰が揺さぶられた。ぐぢぐぢという音が口からなのか熱い肉からなのか、固く目を閉じているヤトにはわからない。
「オメェも、ヤっらし、な」
 うっすらと目を開くとレオンハルトに見下ろされていた。ヤトは彼の欲塗れの顔と口の先から生えた手をぼうっと眺め、唐突に激しい下半身の疼きを感じた。指で広げられた口の中でひくと喘ぎ「やべー」と思った。これは、駄目ではない。それどころか、まさか、
(もっと欲しい)
 顔を見上げたまま頭を前後に動かした。もはや何が主成分なのかもわからない粘液でぐちゃぐちゃの両手も動かした。冠と茎を繋ぐ筋を指の腹で擦ると彼の肉が一層張り詰めた。
「いく……ヤト、い、ぁ」
 レオンハルトの手が後頭部に寄せられた。嘔吐きも不快感もなく喉の奥まで指を受け入れ、頤を反らした彼の精液を掌で受け止め、ヤトも僅かに粘液を垂らした。

 ぐったりとしたレオンハルトの臀部へ手を回した。皺をくすぐるときゅうと締まった。が、先程までの比ではない。色が変わっていないことを確かめ、ヤトはレオンハルトの後孔へ小指大のそれを当てた。
「あ、ぅ」
 ぬかるみ力の抜けた孔は黒いそれを飲み込み、更にヤトの長い指を少しずつ食んでいく。きっちりと奥まで入ったことを確認し、指を抜き頬にキスを落とす。
「腹痛くねーですか?」
「……だい、じょぶ。なんか、思ってたより異物感しねェのな」
「そうですね。今は、ね」
 ヤトの言葉の意味を理解したらしいレオンハルトが視線を彷徨わせた。唇を重ね「水飲んできます。レオも飲みますか?」と尋ねると「冷蔵庫の茶が飲みたい」と返事があった。キッチンで手を洗い、冷蔵庫を開けたヤトは「ああもう」と呟き扉にもたれ掛かった。冷蔵庫の中には夕食には出なかった料理がこれでもかと詰め込まれている。ひとつふたつとつまみ食いし、ヤトは幸せを噛み締めた。「ご期待に添うとしましょうか、息子」
 冷えた茶を飲み干し、温くなった茶を分け合って時間を待つ。と、ヤトの胸を甘く噛んでいたレオンハルトがうお、と声を上げた。
「あ、わかりました?」
「おう。なんか、いきなりスッキリ。改めて思うケドよ、魔力って不思議だよなあ」
 軽くなった様子の腹に手を当ててレオンハルトがつくづくと言う。「こんなん常用してたらよぉ、体の排泄機能が衰えるんじゃねェの?」
「箱には週に一度を限度とし、とは書いてありますけどね」
「週に一度か」
「足りねー?」
「バッカ」
 キスをしながらレオンハルトをうつ伏せに横たえ、背中の肉をなぞり尻の肉を噛んだ。引き締まっているのにふにっとした弾力が堪らなく心地良い。太腿を引き、軽く腰を浮かせた。尾骨から窄まりへ舌を伸ばしちろちろと舐めた。レオンハルトの喘ぎはくぐもっている。枕をしっかと抱き顔を埋めているらしい。枕めこのやろーと舌打ちし、ヤトは自分が寝具にも妬くと知った。
 潤滑剤を付けた指で触れた。少し力を入れるとくぷりと埋まった。締め付けが強い。第二関節まで埋めた指が痺れる。そして熱い。
「苦しいですか?」
 布が擦れる音がした。金色の髪が左右に揺れている。引いて押し込んでを繰り返し、指を根元まで差し込んだ。蠢く腸壁が粘液を纏っている。これも薬の作用なのだろうか。
(後でもう一度説明書を読んでおこう)
 ヤトは忘れぬよう脳内で反芻した。それから中で指を回し、遠い昔に得た知識が示す場所を探った。
「──っえ!? あ、なに、あ」
 レオンハルトが枕から顔を上げた。背中を弓なりにし、背後のヤトを見ようと首を曲げている。
「なんか、そこ、へんな」
「痛くねーですか? 大丈夫?」
「いたくな、いけど、よく、わかんねぇけどちっと、こわい。ヤト、ヤト」
 レオンハルトが震え戦く腕でヤトの腿を掴んだ。
 ヤトは首を傾げた。若かりし頃、爺さん連中がくれた知識のひとつ『この体勢がオンナ側にとって楽』を試したものの、なんだかしっくりとこないのだ。顔が見えない上に漏れ出るイイ声まで枕に奪われる始末である。そして何より、レオンハルトが怖がっている。彼の意向にそぐわないのであれば続ける必要がない。世で奨励される正しいセックスよりもレオンハルトの希望こそが正解だ。
 一旦指を抜くとレオンハルトはすぐに仰向けになった。「怖がらせてごめんなさい」ヤトが謝ると、レオンハルトは目を見開いてぶんぶんと首を振り、ちょっと口を曲げてからキスをねだってきた。
「ごめん、オレ」
「レオは悪くねー」
 唇を合わせてしばらく待つと、レオンハルトがそっと膝を立てた。
「ヤト……して」
 その破壊力たるや。息子があわやご臨終の危機である。ヤトは慌てて股の間に陣取った。片腕でもちもちの尻を持ち上げ再び指を挿れた。
「ヤト、ヤト」
「レオ、これで怖くない?」
 うんうんと頷くレオンハルトの目尻には涙が流れた跡があった。細かく震える手に手を重ねるとじっとりと汗ばんだ指を絡められた。ヤトは緩い抽送を続けた。関節が孔の縁を通るたび手がきゅうきゅうと握り締められた。
 レオンハルトの中心は軽く芯をもって勃ち上がり始めていた。対して、ヤトのそれはもっとずっと前から完全に臨戦状態である。ぐっと腰を押し付けると竿の根元に潤滑剤が纏わりついた。後孔を弄る腕が間にあり完全にはくっつけないものの、これはこれで気持ちが良い。
 ヤトは繋いだ手を離し、自分とレオンハルトの肉へ潤滑剤を落とした。
「つっ、めた、あ」
 レオンハルトがびくりと身を捩らせた。ヤトは肉の上で手を往復させるとその手で彼の手を取り、糸を引く彼の肉へと寄せた。
「一緒に触って。レオ」
「う、あ」
 二人の手で包み込んだレオンハルトの肉から柔らかさが消えた。次いでヤトは手を己の肉へと導いた。レオンハルトは自分のそれに触れるときよりもずっと大胆にヤトの肉をなぞった。ヤトは腰を浮かし、レオンハルトの腰を倒し右腿を跨いだ。ヤトが腰を進めるとレオンハルトの肉に触れた。
 レオンハルトが大きな手で二つの肉を包んだ。ヤトもそこへ手を重ねた。
「ヤト、あっ、きもちい」
「あー、これすげー」
 呻いたヤトは腰を動かした。快楽に飲み込まれつつあったけれど、後孔を抉る指の動きも止めないよう必死で気を配った。ふたりで手を絡めて作った空間はまるで一つの生殖器のようだった。段々とレオンハルトの腰も揺れ始め、揃って細かく喘ぎ揺さぶり続けた。
「ヤト、ヤト、も、むり、おれ、っあっ」
「俺、も、レオ」
 ヤトは指を深く差し入れた。腿を震わせたレオンハルトが永く高く啼きヤトの肉に白濁を吐き出した。熱い呼び水に応えるように短く呻き、ヤトもまたぼたぼたと精を振り撒いた。



 身体を重ねてキスをして、暫くしてレオンハルトが先に動いた。ベッドから降りる際よろめき膝が笑ったようだったけれど、痛みや不快を訴える様子はない。
 彼が照れたように笑う。
「シャワー浴びたらメシ作るし、菓子でもつまんでちっと待ってろ。待ってられっか?」
 返事は腹が先にしてくれた。
「作るの? 冷蔵庫のヤツじゃだめですか?」
 できるだけ早く、と急かす腹を撫でつつヤトが問うと、眦に朱を走らせた彼が口ごもる。 「あれは」
 明日の朝用だバカヤト。
 早口で言い捨てた彼はヤト目掛けシャツを投げつけリビングへと消えた。
「良かったね俺の腹。朝から豪華なものが食べられるってさ」
 どうしてでしょうね。頑張った俺へのご褒美かな。ヤトは腹と共に幸せな物思いに耽る。「朝……うわ、マジですか」
 と、彼の思惑に気付いたヤトが声を張り上げる。
「レオ! ごめんなさい!」
 同時に立ち上がろうとして世界が回った。レオンハルト以上に笑って震える脚が忌々しい。不格好にのろのろとリビングへ出たヤトは、洗面所へ消えようとしていたレオンハルトの背中へと叫んだ。
「俺、あなたが足腰立たなくなるまでヤられる覚悟だったなんて知らなくて! も、もう一回!」
「ふざけんな死にてェのか──って、うおおおおい! せめてパンツ履いてこいよ! 床にンなもん落とすんじゃねェ!」
「え? あ」
 下を向いたヤトはべしゃりと崩れ落ちた。小柄な彼のかたちが魚拓のように床に広がった。消えゆく意識の端っこで、大好きなひとの悲鳴がこだましていた。

 ヤトがレオンハルトと一緒に風呂へ入ったと知ったのは、ほこほこのつやつやでソファに寝かされていた彼が美味しい香りで目覚めたときである。